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存在感のない彼女
公園を散策していたら目を疑う光景が飛び込んできました。下着姿の女性が佇んでいるのです。しかも、周りの人間は誰も彼女を気にしているそぶりがありません。とりあえず心配なので、声を掛けてみることにしました。近づくと、彼女の独り言が聞こえてきます。 「こ、こんなに脱いでも誰も見てくれないんだ・・・変な感じ」 周囲を見ても、何かの企画撮影という感じでもないので、彼女に声を掛けてみました。 「えっ・・・?も、もしかして私に話しかけてる・・・?」 私が頷くと、彼女は急に顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、慌てて足元に畳んであった服を着始めました。 「ご、ごめんね取り乱して」 あの後、ちゃんと服を着た彼女とカフェに移動し、事情を聞くことにしました。ちなみに注文を取るときさえ、店員は彼女を完全無視していました。さすがに何かあると考えるのが自然でしょう。 「私ね、気が付いたらあの公園に居たの。でも、自分の名前以外何も思い出せなくて・・・誰かと話そうとしても皆私を無視するから、無視できなくなるくらいの事をしようと思って服を脱いでたの」 ・・・それはなかなか大胆な発想です。下着を晒そうなんて、そんな事する女の子は普通はいない・・・いや知り合いに一人いるな、そういうちょっとえっちな子。 しかし気になるのは、名前以外の記憶が無いという点です。普通に話せているという事は、意味記憶はあるようですが。 「自分がどこで生まれたとか、何の仕事してるのかとか、そういうのが全然思い出せないの。憶えているのは、公園に来る前は山で恋人とキャンプしてたような気がするのと、自分の名前だけ。名前は藤巳幽魅(ふじみ かすみ)っていうんだけど」 聞き覚えの無い名前です。少なくとも私の仕事の関係者ではないでしょう。多分。 「あっ、飲み物来たみたい」 店員が飲み物を運んできました。しかし、二つとも私の目の前に置くものですから、さすがにちょっとムッときて注意しようかと思った時です。 「あ、いいよ。なんか今日は無視される日みたいだから」 藤巳さんは彼女用の注文分のラテに手を伸ばしました。私は藤巳さんにカップを渡そうと、ラテを持って彼女の方に差し出したのですが、 「「!?」」 藤巳さんの手が私の手をすり抜けました。目の錯覚とかではありません。驚いた私がラテを放すと、藤巳さんはカップをつかんで自分の方に引き寄せました。それを見た店員が、ぎょっとして足早に離れていきます。 「・・・えっと、今。早渚さんの手、すり抜けたよね?」 藤巳さんが恐る恐る私の手に手を重ねてきます。・・・やはり、すり抜けました。まるで立体映像を触ろうとした時のように。 「もしかして・・・私って、無視されてるんじゃなくて、誰にも見えてない・・・の?」 藤巳さんが手を動かして、ラテのカップの中をすり抜けて見せます。触るか触らないかは彼女の意識次第みたいですが、これはまるで・・・。 「私・・・幽霊、なの?」 私も藤巳さんも顔から血の気が引いていました。幽霊。そうとしか思えません。 「フジミなのに・・・死んじゃってるの?」 背筋が凍るかと思いました。いや、彼女が幽霊だからではなく。 秋の始まりに、私と藤巳さんはこうして出会いました。