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アマゾン体験VR
今日は晶さんに呼び出されて金剛院邸に来ています。何でも、『現在開発中のVRアトラクションの試作第一号が出来たので、写真家の目から見て不自然な点や気になる点がないかアドバイスが欲しい』という事でした。 屋敷の一室に通されると、服を着替えさせられました。全身にぴっちりと密着するスキンスーツで、これで体の動きを仮想空間に反映させるようです。その後、まるでサイヤ人の宇宙船の拡大版のような大きな球状の機械に入ります。この機械の内壁は全て継ぎ目のないモニターになっていて、アトラクションが始まると全方位が映像になるそうです。また、歩いたりするとそれに合わせて回し車のように内壁が回転し、実際に歩きながら映像の世界を体験できるとか。恐ろしい技術です。 「早渚さん、それでは始めますわよ」 晶さんの声が響いたかと思うと、私はアマゾンの密林に立っていました。瞬間移動させられたのかと思うくらい、映像美が真に迫っていてとてもゲームとは思えません。 「ようこそ、アマゾンの密林へ!」 急に後ろから声を掛けられたので驚いて振り向くと、そこには部族的な衣装を身に纏って猫耳を生やした桜一文字さんが立っていました。 「あれ、桜一文字さん?」 「いいえ、私はナビゲートAIです。カリンちゃんとお呼びください、ゲスト様」 あっ、そうだったのか。てっきり本人かと・・・ていうか、ナビゲートキャラのモデルに自分のメイドを出したのか、晶さん。 「分かったよ、カリンちゃん。それで、私は具体的には何をすればいいのかな」 「じ、順応が早いですねゲスト様。・・・おほん、今回の目的は、このアマゾンの密林ステージの中を自由に見て回っていただいて、映像のおかしなところや不自然なところが無いかを確認していただくという事で伺っております。そのため、お散歩のようにお楽しみいただければ問題ありません」 成程、そんな事でいいのなら私でも大丈夫そうです。しかし、部族衣装はなかなか桜一文字さんのモデルには似合うんだなぁ。 「本物の桜一文字さんにも着て欲しいくらい、その衣装カリンちゃんに似合うね。でもどうして猫耳と部族衣装なの?」 「・・・アマゾンのイメージとして、野性的な方がマッチしやすいのではないかという意見が出まして。他には冒険家の服や迷彩服なども案に上がったのですが、ナビゲーターとしては良くないかと却下になりました。冒険家の服はゲスト様が着用を希望する可能性が高く、ナビゲーターが同じ衣装を着ていたら区別がつきにくいでしょう。迷彩服に至っては、ナビゲーターを見失う可能性がかなり高くなってしまいます」 ああ、確かにそれじゃナビゲーターとしてはまずいなぁ。猫耳は多分野性をイメージしたんだろうけど、ただの萌え要素になってる事は黙っていよう。 「ゲスト様がご希望であれば、ナビゲーターの服装をゲスト様の国籍に合わせて変更も可能です」 そう言うと、カリンちゃんの服が着物に変わりました。しかし、これは露出が過ぎるだろう・・・目のやり場に困るので、部族衣装に戻してもらいます。万一ずり落ちたら見えてしまう。 「早渚さん、心配はございませんわ。これはアトラクションですので、アダルトな表現は使用しておりませんもの。服が脱げたりはしませんし、何ならカリンに触ろうとしても触れませんわよ。試しに肩など触ろうとしてみて下さいな」 晶さんの声が空から響いてきました。その指示通りにカリンちゃんの肩に手を置こうとすると、肩、胸、脇腹と順に私の手がすり抜けてしまいました。まるで幽魅を触ろうとした時みたいに。 「あー成程、オンラインゲームとかでも通せんぼが出来ないようにプレイヤー同士はすり抜けるんでしたっけ?」 「そうそう、それと同じようなものですわ」 良かった、それならカリンちゃんが物理的セクハラを受ける事は無い訳だ。一応桜一文字さんがモデルのキャラだから、何か変な事をされてたりしたらかわいそうですからね。 「ゲスト様、そろそろ出発しましょう」 「あ、そうだね、行こうか」 私はカリンちゃんと連れ立って、アマゾンステージの中を見て回ります。コンゴウインコやワニなどが随所で見られ、見たところ大きな破綻も無いようです。 「アナコンダみたいなのもいるの?」 「アナコンダは現在実装されておりません。現在制作中のモデルはこちらになります」 カリンちゃんが手をかざすと、巨大なヘビの画像が出てきた・・・いや、これは巨大すぎる!RPGのボスじゃないんだから。 「現実にいないでしょこのサイズは・・・アマゾンに入れたいならもっと小さくないと。このサイズじゃボスモンスターだよ」 「ご意見感謝します」 あんな蛇が出てきたら皆肝をつぶしてしまうよ、まったく。 「さて、そろそろ帰ろうかな」 「承知いたしました。ゲームを終了するには、そちらのワニの牙を押してください」 カリンちゃんが指さした先を見ると、口を開けて日向ぼっこしているワニがいます。その牙を押せって、パーティーグッズのアレみたいだな。 「こう?」 私がワニの口に手を入れると、すかさずワニが私の腕に食いつきました。ゲームなので痛みは無いのですが、そのままデスロールされて振り回され、周りの景色がぐるぐる回ります。 「えええ!?これは危険だよ、このイベントは無しにしないと!」 「ご意見感謝します。ちなみにワニの牙を押すというのはジョークでした。ゲームを終了いたします、遊んでいただきありがとうございました」 モニターの映像が消えて、機械の入り口が開きました。映像がぐるぐるしていたせいで、ちょっと酔ってしまった。ちょっと外の空気を吸おうと、部屋のドアを開けました。 「あっ」 「え?」 廊下だと思って開けたドアの先は、隣の部屋でした。そこには今しがた私が入っていたのと同型の機械が置かれ、そこから私と同じスキンスーツに身を包んだ桜一文字さんが出てきたところでした。 「・・・」 桜一文字さんはこっちを見て目を丸くしています。私は、熊やスズメバチに出会った時と同じように、相手を刺激しないようにそっと後ずさりして、入ってきたドアから出るとドアをゆっくり閉めました。 「カリンちゃん。あれはナビゲートAIじゃなくて、本当に桜一文字さんがプレイしてたんだな」 多分、ナビゲートAIの実装も間に合ってなかったので、本物の桜一文字さんにやらせたんでしょう。さて、あんな体のラインが丸わかりの姿を見てしまったからには。 「逃げなくては」 私は踵を返して屋敷の玄関に全力で走りましたが、ものの数秒で羞恥に顔を真っ赤にした桜一文字さんに追いつかれ、アナコンダめいた威力のベアハッグとワニのデスロールめいた回転を伴う腕ひしぎ十字固めを喰らうという、『アマゾン風格闘技』までも体験する羽目になりました。