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少女A(アキラ)
「ごきげんよう、ナギ様。わたくしの誕生パーティにようこそ」 PC画面の中の少女・アキラがデザート片手ににこやかに微笑む。私はマウスを片手に虚ろな目でこの美少女ゲームを遊んでいた。淡々とテキストを読み進め、時折現れる選択肢を選ぶ作業の繰り返し。・・・これ、いつになったら終わるんだろう。 そもそもの始まりは、晶さんが実に決まりの悪そうな顔で私の家を訪ねてきたところからです。 「早渚さん、ごきげんよう。いきなりお邪魔して申し訳ありません」 「いえ、別に今日は予定も無かったので大丈夫ですよ。晶さん、どうかしたんですか。お疲れみたいですけど」 「ええ、ちょっと・・・」 立ち話も何なので、ダイニングにお通ししてほうじ茶をお出ししました。紅茶はパックしか置いてないので、舌の肥えた晶さんに満足してもらえる自信がありませんでしたので。 「実は、早渚さんがわたくしの有力な婚約者候補として見られている件でして」 「ああ、王歩さんがまた何かしたんですか」 王歩さんは、宿城の一件以降何かと私を第一婚約者候補にしたがっているようで、宿城の部下が強姦に利用していたせいで潰れたくだんのラブホテルを買い取り、『愛の巣箱 凪&晶』というセンスゼロの名前で営業を再開しようとした前科があります。その時は晶さんと私で猛抗議して私たちの名前を使うのは諦めさせたのですが、今回また何かやったのかもしれません。 「話が早くて助かりますわ。早渚さんはPCゲームを嗜まれますか?」 「いえ、特にはやりませんね。ゲームの趣味は持ち合わせていないもので」 「わたくしも特に詳しい訳では無いのですが、父がこのようなものを作りまして、早渚さんにお渡しするようにと」 晶さんが取り出したのは、DVDのトールケースに入ったPCゲームディスクでした。パッケージには晶さんがプリントされていて、タイトルには『少女A(アキラ)』と書かれています。副題には『100%アキラの魅力にひたるゲーム』・・・100%とアキラが逆順じゃなくて良かった。 「これは一体?」 「父がAIにわたくしや早渚さんの情報を学習させ、それを元に『少女時代の金剛院晶と出会った早渚凪が彼女と幸せなゴールインをするまでの恋愛シミュレーションゲーム』をAIに作らせたのです。そして買い取ったゲーム制作会社にそのブラッシュアップをさせて出来たのがコレですわ」 説明を聞いただけで頭が痛くなってきました。私が晶さんの魅力を再確認できるようにという意図で作ったのでしょうが、私が晶さんとの婚約を断っているのは晶さんに魅力が無いからじゃないんだよなぁ・・・。というか、そもそもこんなものを作らせるとか。 「晶さん・・・人の父親、それも世界に名だたる金剛院グループの総帥に対してこんな事言いたくないんですけど。・・・王歩さん、バカじゃないんですか!?」 「バカなんです!父はもう本当にバカなんですわ!わたくし恥ずかしくて顔から火が出そうですの!」 晶さんは両手で顔を覆ってしまいます。でしょうね、自分がヒロインの恋愛ゲームを実の父親が作ったとか想像するだけで地獄ですし。 「しかもあの調子だと、近々早渚さんにプレイした感想を聞き取りする気ですわ」 「ええー・・・」 私、この恋愛ゲームクリアしなきゃならないのか?パッケージ裏を見たところ、エロシーンは無さそうだから気まずさはまだマシだけど・・・っていうか、フルボイスついてる!声の似た声優探してきたって事か!?この短期間でよくここまでしたな王歩さん! 「しかしこのゲーム、少女時代からゴールインまで・・・つまり、多分結婚までって事は、シナリオ長いですよね」 「わたくしもまだ中身は存じ上げませんので、今日帰ってからプレイしてみますが、恐らくは長いですわ」 要するに王歩さんの親バカの結晶だもんな、コレ。せめてゲーム会社のスタッフが世間一般の恋愛ゲームの基準に近づけてくれてればいいけど。 「分かりました。とにかく、やってみます。やらないと金剛院グループを敵に回しそうですからね」 「大変申し訳ありません、せめてわたくしもプレイしますから、何か愚痴などあれば気軽にご連絡くださいませ」 晶さんはほうじ茶を飲み終えると帰宅していきました。私は早速PCにゲームをインストールしてプレイを開始してみる事にしたのです。 ゲームそのものは至ってシンプル、次々と発生するイベントを読み進め、選択肢が出た時はそれを選ぶと、選択に応じてヒロイン・・・つまりアキラの好感度が上下するだけのものでした。しかし、不定期にチェックポイントがあるようで、そこで好感度が一定に達していないとアキラに愛想を尽かされてバッドエンドになるようです。 主人公の名前はナギ、上流家庭の子息でカメラの趣味を持つ少年としてデザインされていました。親同士が決めた婚約でアキラと出会い、そこから彼女との仲を深めていく形です。 何度もバッドエンドになりましたが、一緒にジョギングしたり、デートしたり、試験勉強したりして仲を深め、ついにはアキラとの結婚式までこぎつけました。やった、ついにクリアした・・・!ようやく解放されるかと思うと、何か泣けてきました。 ちなみに晶さんは私より早くクリアしており、夜ごと私のプレイ状況を聞いて、イベントの感想を語ったり攻略のアドバイスをくれたりしてました。もしかして、王歩さんの真の狙いはこの夜会話の方だったのかもしれません。とりあえず、クリアの報告をしないと。 「もしもし、晶さん!私、ようやくクリアしましたよ。アキラと永遠の愛を誓いあいました!」 「ああ、やりましたわね!我が事のように嬉しいですわ!わたくし、今まさに夢のように幸せです・・・っ」 そこでお互い我に返りました。凄い恥ずかしい会話してるぞこれ!次から晶さんの顔をまともに見られる自信ない! 「え、ええと!まあその報告だけでしたので!おやすみなさい!」 「え、ええ!おめでとうございます!ではわたくしも失礼いたしますわ!」 どこかはわはわした雰囲気で電話を切り、PCの電源を落としてベッドに沈みます。今夜からはよく眠れそうです。 ・・・ちなみにゲームはいくつかの気に入ったイベントの前でセーブしてあり、何回かリピートしています。まあ、やっぱり晶さんって、魅力的な女性だから。このゲーム何気に晶さんの解像度高いし。声優さん激似ボイスだし。とても非売品のクオリティじゃない。 せっかくなので玄葉にもディスクを貸して遊んでもらってます。少しは晶さんの事を知ってもらって、人見知りしないようになればいいかなって。