「月」の妖刀『宵蝶丸』

妖刀とは、平安時代中期に生きたある異端の刀鍛冶とその子孫が、妖怪の一部を素材として打った刀だと言われる。全部で七振り存在し、それぞれ普通の日本刀にはない特異な能力と所有者への精神的負担を備えていた。江戸時代には七振り揃えれば願いが叶うという噂が流れ、妖刀を持つ大名達がそれを鵜呑みにしてしまい、おのおの選出した七人の侍と七振りの妖刀同士による「成敗戦争」が起きたとも伝えられる。 これはその内の一振り、「月」を冠する妖刀である。銘を「宵蝶丸（よいちょうまる）」という。山姥の血を混ぜた砂鉄を溶かし、打ち上げた妖刀だ。 この山姥はかつて花魁であり、年老いることを恐れるあまり、遊郭の若い娘の生き血を啜り若さを保っていた、いわば吸血鬼と化した女であった。しかしついにはいつまでも衰えぬ美貌を怪しまれ、遊郭を追われてしまう。人里を追い出された彼女は山の中で加速度的に老いていき、やがては山で見つけた人間を見境なく襲う妖怪となった。ついには大名の差し向けた征伐隊によって討たれる事となったが、生き血を求めるその渇望は山姥の死後もその血に残り続けた。 その血を宿したこの刀は、獲物の血を啜るほどに切れ味を増し、まさしく宵の蝶のごとく妖艶な紫光を放つ。しかし使い手もまた、刀の怨念に憑りつかれるように徐々に殺人衝動が抑えられなくなり、最期には自分自身をこの刀に捧げて命を散らしてしまう。 「・・・とかさ、そんな話今どき誰も信じないって。お爺ちゃんも何でこんな刀持ってるんだか。しかも、遺言で言い残す事が『この刀を元の持ち主、すなわち打った刀鍛冶の子孫のところへ返してくれ』とか。可愛い孫娘に頼む事かよ」 流涙衣（るるいえ）市に向かう寝台列車の中で、私は刀の入った袋を小突いて毒づく。初めての一人旅はもっとおしゃれな観光地とかに行きたかった。何で古臭い刀持って竹林の奥の館を訪ねなければならないんだ。 「せめて館の人が穏やかな性格だといいけど。イケメンならなお良し」 朝になったら向こうについて、そこから山歩きなんだ。それくらいのご褒美は欲しい。 ガタガタッ、ガガンッ！！ 「なっ、何！？」 咄嗟に刀の袋を抱き寄せて、私は辺りを窺う。今何か凄い音がした。もしかして、事故？でも列車は走り続けてる・・・。 「なんか・・・嫌な予感がする」 手の中で、ほのかに宵蝶丸が熱を持ったような、そんな気がした。 ークトゥルフTRPGシナリオ『目覚めた妖刀』プロローグより抜粋ー ※イラストはシナリオ中盤の戦闘シーンを想定したものです。