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ホテルへ誘う(いざなう)手
「マスター、どうもごちそうさま。また来るわ」 「ククッ、トラさんもお気に召したようでなによりだ」 Bar Dress Xを後にした私たちは、すっかり夜中になった路地裏を千鳥足で歩く。そこで意識が途切れた。 次に意識が戻ったのは、見慣れない狭いベッドルームだった。 「・・・ねえ、マキちゃん?」 「なんだいトラさん」 ベッドの上、隣に寝そべるマキちゃんが返事をしてくる。 「どうして、私は脱がされていて、しかもマキちゃんと同じベッドで寝てるのかしら?」 「そりゃあ、あんな堅苦しいスーツで眠るわけにいかないだろう?それにベッドだって一つしかないんだ。いいじゃないか女同士なんだし」 私もマキちゃんも下着一枚の姿でベッドインしている。しかし、問題はそこじゃない。 「そもそも、ここはどこなのよ?」 「覚えてないのかい。バーからほど近いラブホテルだよ」 ラブホテル・・・ラブホテル!?やっぱりそうなの!?酔いが一気に醒めてきた。 「何でマキちゃんとホテルインしてるの私!?」 「考えてもみたまえよ、28歳の女二人が薄暗く人目も無い路地裏で千鳥足で歩いていたら『食べて下さい』って言ってるようなものだよ。さらに終電も逃しているし、深夜タクシーも捕まらなかったじゃないか。それにトラさんが歩くの疲れたとか駄々をこねるから一番近くにあったラブホテルに入る羽目になったんだがねェ?」 そう言えば、おぼろげにそんな記憶も・・・うう、飲み過ぎたせいかよく頭が回らない・・・。 「顔色が悪いねェ?ほら、興奮しないで落ち着いて横になりたまえよ。言っておくが、私に同性愛の趣味は無いからそこのところは安心してくれていい」 「うう・・・それは、分かるけど・・・」 普通に恥ずかしい。お互い下着で添い寝なんて今まで誰ともした経験ないんだから。しかもここラブホテルだし、余計に意識しちゃう。 「マキちゃん、何でそんなに余裕なの・・・」 「私だって酔ってるんだぞ。実際体は自由が利かないんだ。ただ頭の方はさして影響がないだけだ」 「そうじゃなくて、何か人と寝るの慣れてる感じする・・・」 不貞腐れたように呟く私を、マキちゃんは意外そうな顔で見つめた。 「何だい、トラさんまだ男性経験無かったのかい。何なら良さそうな物件見つけてくるが?」 「余計なお世話!」 何だよ、自分だって彼氏の一人もいないくせに・・・い、いない、のかな? 「マキちゃんは経験あるの?」 「ん?ああ、あるとも。悪魔のように恐れられる女が処女じゃ格好付かないだろう」 マキちゃんは冗談めかして言ったけど、一瞬目の奥に暗い影がよぎった。多分、不本意な何かがあってそうなっちゃったんだな・・・。 「ごめん」 「何を謝るんだね。デリカシーの無い話だったのはお互い様だろうに」 こうして話していると、マキちゃんは言うほど悪人じゃない気もしてくる。私が友達だからなのかもしれないけど、いつも気遣ってくれるし、今日だっていろいろとエスコートやリードをしてくれて頼りになる。 「マキちゃんが男の子だったらマキちゃんと結婚したかったな・・・」 「何を言い出すかと思えば。私がもし男だったら君はもっと不幸になっているさ。幼馴染の同級生が大企業の社長だなんておいしい状況、弱味を握って犯して孕ませて無理やり婿入りしてやるさ。そうすればイブツールは私の会社だからねェ」 邪悪な笑顔を見せてくるけど、多分マキちゃんは男だったとしてもそんな事しなかったんじゃないかな・・・。 「マキちゃん、私ね・・・」 「すまない、トラさん。そろそろ眠いんだ。なにぶん大量に飲んでいる訳だからねェ」 マキちゃんはあくびをして目をこすると、枕に顔を埋めてしまった。私の方も、そう意識するとかなり眠い事に気が付いた。 「・・・うん。おやすみ、マキちゃん」 「ああ、おやすみ」 そうして、私たちは眠りの中に意識を沈めていった・・・。 何か香ばしい匂いが漂ってきて、私は目を覚ました。 「ああ、おはようトラさん。よく眠れたかい?」 あれ、マキちゃん?どうしてマキちゃんがここに・・・って、私下着で寝てた!?ていうかここどこ!? 「まっ、マキちゃん!?これどういう状況!?何で私マキちゃんと同じ部屋でしかも下着で寝てたの!?」 「んん?酔って記憶がすっぽ抜けたかい?ほれ、とりあえずコーヒーを淹れたから、飲んで落ち着きたまえよ」 マキちゃんがいやに巨大なカップを差し出してくる。なみなみと入ったコーヒーをすすりながら、私は心拍を整えた。その間にマキちゃんは昨日からの流れを説明してくれる。 「・・・最悪だわ。まさかこの私がそんなに酔うなんて」 「中々可愛かったからいいじゃないか。可愛く酔えるのも才能だと思うがねェ?」 またさも当たり前にそういう事言う・・・って、あれ?今日って確か金曜日じゃ・・・! 「やっ、やばい!?完全に遅刻!」 「ああ、それなら心配いらんよ」 マキちゃんは落ち着いてコーヒーを口に運び、もう片方の手で私のスマホを指さした。 「朝の内に君の秘書に連絡を入れておいた。『江楠だ。伊吹社長は昨夜たいへんお楽しみだったので、まだ絶賛爆睡中だから今日は休暇を取らせてやってくれ』とね。証拠として、君の寝姿の写真と地図アプリの現在地のスクショも送っておいた」 「・・・え、は!?う、嘘よね!?嘘って言いなさいよ!」 慌ててスマホを手に取り、メッセージアプリを開くと、確かにマキちゃんが言った通りのメッセージが秘書に発信されていて、既読もついている。 「いやああああーーーーーっ!馬鹿じゃないの、ねえ馬鹿じゃないの!?寝姿だけならともかく地図アプリの現在地はダメでしょ!これじゃ私とマキちゃんがラブホテルでよろしくやったみたいに見えるでしょうが!」 「ふぅん?そんなもんかい」 事も無げに言いながら呑気にコーヒーを飲むマキちゃん。絶対に確信犯だろ! 「ああー・・・もう・・・来週からどんな顔して会社行けばいいのよ。秘書に変な目で見られたらマキちゃんのせいだからね」 「堂々としてればいいじゃないか。むしろ『大人の階段上りました』みたいな面構えでねェ」 そんな面の皮厚い真似ができる訳ないでしょ!何言ってんだこの悪魔! 「もー!マキちゃんなんて大っ嫌い!」 「ククッ、やっぱりトラさんは面白い女だねェ」 笑う悪魔の声と、自分の怒鳴り声の反響、そして今後の体裁の悪さと二日酔いが入り混じって私の頭をズキズキと痛ませた。