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盗賊・衛兵・ラーメン屋

ラーメン、この国で人気があり広まっている料理だ。 歴史はまだ浅く、数十年前に、エルフの自治区に流れ着いた旅人が伝えたのが始まりと言われている。 それがここ数年、魔動機革命によって瞬く間に国中に広がり、ここ王都では、主な通りに両手の指に余る店ができるほどのブームとなっている。 正式な食事とは見なされない、昼食や軽食として食べられる料理で、その割に少々値が張るが、貴族、金持ち、庶民を問わず人気がある。 そんなラーメン店の一つ、その店内は、東方風の装飾がされ、天井には魔動機である魔道ランプの照明がつるされている。 それなりに金がかかっているから、儲かっているらしい。 この辺りは、王都でも治安がどちらかというと悪い、下町と言われる辺りだが、そこにも何件ものラーメン屋がある。 昨日、比較的規模が多い火災が起こったばかりだが、ラーメン屋が込み合うぐらいに、人々はすぐさま日常を取り戻し、働いているようだ。 昼飯時もそろそろ終わり、空席が目立ち始めたころ。 引き戸が開いて一団の客たちが入ってくる。 (来た!!) 奥まったテーブルで新聞を読みながらラーメンをすすっていた少女が耳を欹てた。 比喩ではなく、本当に耳が動いている。 柔らかそうな毛皮に覆われた、三角形にピンとはった耳と、ふさふさの尻尾、彼女は狐の獣人だった。 この国は、多くの種族と部族が集まってできた国なので、王都で獣人の姿は珍しくない。 入ってきた新しい客の一団は、衛兵たちだった。 軍服を着て、鉄兜を被り、剣を佩いて武装している。 世間の休みと少しずらして昼ご飯らしい。 「おう、ここのラーメンは中々うまくてな、安くて量も多い」 「そりゃいい。こっちは昨日の片づけて腹減ってんだ」 狐娘は、衛兵の話を聞きたくて、長々ラーメン屋に居座っていたらしい。 店内はまだ客がそれなりにいて、特有の喧騒が響いている。 耳が良いことが知られる獣人達でも、話を聞き取るのは難しいだろう。 だが。 『まったく、魔族が火をつけるなんて、困ったもんだ』 狐娘は、衛兵たちの会話をしっかり聞き取っていた。 衛兵たちは、喧騒に紛れて思わず愚痴を漏らしてしまっただけだが、聞き逃さない。 なぜなら。 (だいぶネタが集まったよ。ギルドマスターに報告しよ……) 狐娘は、衛兵たちに続くように店を出ると、彼らの背中を見つめながらつぶやいた。 一時間後、彼女の姿は、下町のとある建物の一室にあった。 新聞社、以前からありはしたが、魔動機革命により一層需要が増した業種の一つだ。 王都やその周辺で起きた出来事を記事にまとめ、素早く印刷して配布、販売する。 情報と、人と物の動きが加速したからこそ必要が増した業種だ。 そして、情報を扱うということは。 「首領、あたいが調べたのはそんなところだよ」 狐娘が一通り、報告を終えると一息つく。 「ダキニラ、編集長と呼べ、と言ってるだろ」 盗賊ギルドの隠れ蓑にもなっているのだ。 王都にはもともと盗賊ギルドが存在していたのだが、魔動機革命が起こったことにより、情報を扱う仕事に格好の隠れ蓑が現れたのだ。 そう、新聞社である。 新聞といっても、ピンからキリまであり、お堅い政治や経済のネタを扱うものもあれば、低俗な内容、政界のゴシップや、各種下世話な話題、怪しげな広告を扱ったもの等様々だが。 この盗賊ギルドの隠れ蓑は、どちらかというと、下品な方に属する新聞を、一応真面目に発行していた。 もっとも、その頻度は3日に一度なので、それほど規模が大きく、発行部数が多いわけでもない。 別の部分で儲けがあるので”経営”に差支えはないが。 「まあいい。ほかの連中のネタも集めてある。もう少ししたら纏まるから、ダキニラ、おまえ”お客様”に届けてくれ。」 各種の調査依頼や諜報任務も請け負っているのが盗賊ギルドだ。 今回ダキニラが集めたネタも、その一環だったらしい。 「わかった。騎兵隊でいいんだね」 騎兵隊は、軍の騎乗部隊の通称だ。 ただでさえ平和が続いて軍の仕事が減っているのに、魔動機革命の影響で魔道列車等に仕事を奪われ冷や飯を食わされている。 騎乗兵部隊は、配達任務や郵便任務、はてや新聞配達等も請け負っている。 冷や飯を食わされ続けるわけにはいかないと、任務と食い扶持を探して軌道に乗って来たところだ。 そんな騎乗兵部隊にとって、伝令兵の一人、イザベラが配達任務の途中で襲撃されたことは、由々しき問題だ。 わざわざ盗賊ギルドに調査依頼が来るなど、この件に関しては、軍やその他の機関の複雑な事情が込み入っているようだった。 新聞配達業務は、隠れ蓑の新聞社も依頼していたので全くの無関係でもないのだが。 「ああ。アーゼリンの姐御の依頼もあるからな。騎兵隊に渡せば同時に届けてくれるはずだ」 「あっ、ああ、兄貴たちのところね」 アーゼリンの名前を聞いて、狐娘は微妙な顔をする。 騎兵隊の伝令兵が襲撃されて、高名な吟遊詩人、アーゼリンの一行に助けられた件は、狐娘も知っていた。 「そんな顔をするな。お袋さんだろ」 もちろんギルドマスターは、狐娘ことダキニラがアーゼリンの娘であることも承知している。 「うん、まあ、そうなんだけどね」 実は彼女はまだ幼い。 獣人は、人間とよく似ていて、彼女は人間の成人前後の見た目をしている。 だが、実際は獣人は人間より成長が早いのだ。 狐娘の実年齢は、すぐ上の姉の半分ほどだった。 「魔族の襲撃に、放火……。厄介ごとになるな」 盗賊ギルドマスターにして、2流新聞の編集長は、ダキニラの葛藤を知ってか知らずか、憂い気に呟いた。

さかいきしお

コメント (3)

binbin yea
2023年11月11日 14時00分
DAZAI@AIイラスト
2023年11月11日 11時57分
bonkotu3
2023年11月11日 11時21分

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